母は、ずっと忙しく働いてきた人でした。持病がある私は、思うように親孝行ができているとは言えず、毎年母の日にはプレゼントを贈ることで、その気持ちを埋め合わせているようなところがありました。
今年も同じようにプレゼントを、と考えていたときにふと思ったんです。物を贈ることには慣れてしまって、肝心の気持ちの方は、ちゃんと伝えられていたのだろうかと。
毎年のプレゼントに、足りなかったもの
これまでも、母の日には毎年プレゼントを贈ってきました。花、コスメ、ちょっとしたアクセサリー。母が喜んでくれているのは分かっていましたし、それで十分だと思っていました。
ただ、振り返ってみると、贈っていたのはいつも「物」だけでした。ありがとうという気持ちそのものを、言葉にしてきちんと渡したことは、実は一度もなかったんです。メールで軽く感謝を伝えたことはありますが、それも数行程度のものでした。
母は長年忙しく働いてきた人で、私自身も持病があり、思うように親孝行ができているとは言えません。だからこそ余計に、プレゼントという「形」だけで気持ちを埋め合わせてきたのかもしれない、とその年はふと思いました。
照れくさくても、手紙を選んだ理由
今年は、形に残るものにしたいと思い、手紙を書くことにしました。プレゼントを買いに行く代わりに、便箋に向かって、これまで伝えられていなかった感謝の言葉を、一つずつ書き出していきました。
正直に言うと、書いている間もずっと照れくさかったです。改まって「ありがとう」と書くのは、思っていた以上に気恥ずかしいものでした。それでも、今年だけは物より言葉を贈ってみようと決めて、最後まで書き切りました。
渡した瞬間、母が見せた顔
母は最初、驚いた顔をしていました。毎年プレゼントは贈っていても、手紙が添えられたことは一度もなかったからだと思います。それでも、まさかここまでとは思いませんでした。読み進めるうちに、母の目からぽろぽろと涙がこぼれ始めたんです。
普段、あまり涙を見せるタイプの人ではありません。だからこそ、その姿は意外で、どこか可愛らしくもあり、いつもとはまったく違う母の一面を見た気がしました。


プレゼントは、高価な物だけがすべてじゃない
この経験から、プレゼントは高価な物だけがすべてではないんだと、あらためて気づかされました。何を贈るか、いくらかけるかを考える時間も大切ですが、それ以上に「ちゃんと伝える」という工程が、案外抜け落ちてしまいがちなのだと思います。


次に贈りたいもの
これまで、旅行のような大きな親孝行を自分で計画したことはありませんでした。次は、誕生日か何かの記念日に、温泉旅行のようなサプライズを用意して、そのときにもまた、感謝の言葉を書いた手紙や花束を添えられたらと思っています。
プレゼントを選ぶ手が止まったときは、一度、言葉そのものを贈ってみるのもいいかもしれません。
