母を子どものころに亡くし、それからは父がひとりで私を育ててくれました。就職が決まったとき、初任給で何を贈ろうかと考えて、まっさきに思い浮かんだのは、父がふとした瞬間につぶやいていた、あの一言でした。
父はお酒が好きで、いつも普段づかいの芋焼酎を飲んでいました。それでも時々、「魔王」の名前を口にすることがありました。手に入りにくい、少し値の張る芋焼酎です。
「一度でいいから、魔王が飲みたいなあ」
冗談めかして言うその一言を、私はずっと覚えていました。
初任給で贈るなら、これしかない。そう思いました。ただ、探してみると本当に手に入りません。近所のお酒屋さんを何軒か回って、ようやく大きな酒屋さんに無理を言って取り寄せてもらえることになりました。1.8リットルの一升瓶で、2万円。注文してから届くまで、2か月かかりました。
届いた日、父の前に箱を差し出しました。包装紙を破いて、それが「魔王」だと分かった瞬間、父は本当に驚いた顔をしていました。そして、いつも厳しくて、感情をあまり表に出さない父が、泣いたんです。私もつられて、一緒に泣いてしまいました。
てっきりその場で飲むのかと思っていました。でも父は、すぐには封を開けませんでした。
そのまま仏壇に供えて――母の月命日になると、封を開けて、コップに一杯だけ注いでいました。それからは毎日、最初の一杯だけを魔王にして、あとはまた蓋を閉めて、いつもの芋焼酎に戻す。そんな小さな習慣が、いつのまにか続いていました。


魔王は本当に喜んでもらえたと思います。ただ、あまりにも大事に、惜しみ惜しみ飲んでいる姿を見ると、少し切なくもなりました。気持ちは分かるけれど、もっと好きなだけ飲んでほしい。だから次に贈るときは、1本じゃなくて、2本か3本にしようと思っています。もちろん、身体のことも考えながら。


「これじゃなきゃダメだ」と思えるものを探す時間そのものが、贈り物の一部になることがあります。ふとした一言でつぶやかれた「いつか飲みたい」「一度でいいから」――あなたの家族にも、そんな言葉が眠っていないでしょうか。
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